絵筆を通して念じている想い「Unify(1つになあれ
株式会社ユニファイナアレ

会社名  株式会社ユニファイナアレ UnifyNaare Inc.
設 立 2009年(平成21年)11月11日
役 員 代表取締役 田中弓子
事 業 グラフィックファシリテーション業務
1、会議、ワークショップ、研修、セミナー、イベント等の本質的問題の解決支援。ファシリテーター育成
2、ディスカッションパートナープロジェクトパートナ―
3、講演、セミナー 等
所在地 東京都江東区
資本金 100万円

第三の視点〈絵巻物〉で、ありたい未来へ最短で
グラフィックファシリテーター ® やまざきゆにこ
graphicfacilitator ® YunicoYamazaki
「グラフィックファシリテーターgraphicfacilitator」は、やまざきゆにこの登録商標です。

2005年から活動開始。2006年に「グラフィックファシリテーター」という職種名をつくり、2008年2月には「グラフィックファシリテーターgraphicfacilitator」が商標登録がされました。実績 絵巻物400超。詳細は→こちら。お客さまからの声は→こちら

天職と出会った経緯

きっかけは2005年。会社員時代からお世話になっている先輩からのこんな言葉でした。「アメリカのカンファレンスに参加したら、講演内容を絵に描いている人が居て、参加できなかった別ブースのカンファレンスの内容が一目で分かる絵の力はすごいと思った。日本にはまだ居ないようだけど、ゆになら出来るんじゃない?」そう言って撮影してきてくれた、たくさんの写真を見せてくれました。

ただ、その時のわたしの感想は「へ?こんな普段のわたしのノートみたいなものでいいの?」正直、多くの企業人がこれを良いという理由が分かりませんでした。半信半疑のままでしたが、求められるまま1泊2日の新規事業を検討する合宿に、絵筆を持って参加しました。事前の打合せに入って、具体的なプログラムや投影スライドをコンサルチームの方たちと一緒に決めているときは、新しい取り組みにワクワクしていたくらいで、まさかこれが自分にとって一生の仕事になるとは思ってもいませんでした。

さて、いざ合宿が始まってみると、わたしの気持ちがどんどん変わっていきました。初日の午後、昼食を終えた皆さんが、午前中の議論を描いた絵巻物の前で立ち話を始めた。初対面のメンバー同士が楽しそうに話をしている。なかなかじぶんの席に座らない。その後も、議論の途中にみなさんが何度も席を立って絵巻物の前に集まり議論を深める。じぶんたちのこれまで話し合いを振り返り、俯瞰して見失っていた目標を再度確認する。難しい顔が笑顔に変わる。休憩時間に静かに一人で絵巻物を見ていた人もいれば、次の日の朝は部長が一人、珈琲を飲みながら絵巻物の前に立っていました。

部長さんは「これまでなら流れてしまっていた前の日の議論や気づきが、次の日にも振り返ることができていいね」とおっしゃる。内省を深める効果がある。こうして俯瞰してみると見落としていたものが見えてくる。皆さんが口々に絵巻物の効果を教えてくれるにつれて、私自身は正直、描くのに必死で何がどう役に立っているのか分からないながら、なんだかワクワクが止まりませんでした。

そんな中、2日目最後のグループ発表のときに、私自身にとって忘れられない絵巻物体験が起こりました。

それは3グループの新規事業の提案発表をそれぞれ絵に描いたときのこと。1グループは、そのサービスを受けるお客さまの笑顔とセリフが具体的に描けました。でも他の2グループの発表からは、企業しか描けず(つまりBtoBのビジネスモデルしか描けず)、その先にいる本当のお客様(C)が描けず空白になってしまったのです。私の絵筆は「まだまだ描き足りない」「カスタマー(C)まで描ける話合いをしませんか!?」と言っていました。

プログラム上、合宿はそこで終わり。メンバーも前日夜中まで議論し疲れ切っていたので、その続きはその場では描けなかったのですが、わたしは「もっともっと描きたい」という気持ちでいっぱいでした。そして思わず「こんな疲れない仕事があったんだー!」と両手を挙げて天井を見上げて叫んでました。そのとき「あ、天から仕事が降ってきた…」という、なんともいえない体験をしたのです。(伝わらないかな~)その瞬間「これを本業にする!」と決めました。

商標をとった経緯。

先輩から「カンファレンスの講演内容を絵に描いている人が居る」と聞いたときは「海外に行って学ぶべき?」とも思いましたが、とりあえず先輩から頂いた写真データの絵を一つ一つなぞってみました。すると色んな違和感に気づきました。

わたしのノートの書き方は、罫線無視、斜めに書く、下から書く、誤字脱字満載。けれどアメリカのそれらは、文字が綺麗に横書き、まっすぐ、箇条書き、誤字脱字無し「結構、文字が多いなあ」という印象。しかも文字もなぞっていくと「抽象的なキーワードしか並んでないなあ。ふわっとした理解ならいいけど、これなら私は具体的な中身の分かる投影資料が欲しいかも」と思ってみたり。そして何より「こんなアメリカンコミックな絵は描けない…」

結局、前述の合宿に参加する前に絵の練習は何もせず、当日いきなり絵を描いたわけですが、やってみて分かったこと。それは、いくら海外の描き方を真似して練習して臨んだとしても、議論が始まればリアルタイムに描かなければいけない状況に追い込まれ、結果「自分が描きたいようにしか描けない」ということでした。

ちなみに、わたしの描き方はこの時点から今の「3ステップ」で進めていました。ある程度描いたら途中で手を止めて皆さんに「わたしはこれまでの発言をこう聴いてこう描きました」という解説(グラフィックフィードバック)をしていました。そこで皆さんから「その絵は私が言いたかったことと違う」と言われることも大歓迎という前提でした。わたしは誰よりも一生懸命に聞いて描いているつもりですが、そこに誤解があったなら、それは「きっと他のだれかも誤解しているはず」と思うからです。

その日から、さまざまな会議やワークショップに立ちあい絵筆を動かしていくうちに、肩書きが必要になりました。単なる記録ではなく、問題を解くための描き方をするスタイルにふさわしい名前が、海外にも見つからず、2006年に「グラフィックファシリテーター」という職種名をつくりました。2008年2月には「グラフィックファシリテーターgraphicfacilitator」が商標登録がされました。

ただ、職種名を決めた当時は、発言を絵筆で拾う「グラフィックファシリテーター」の本当の価値や意義は、まだ全く分かっていませんでした。

未来志向のリーダーと共に

この「グラフィックファシリテーター®」という仕事の価値を最初に見出してくださったのは、「話し合いを絵にする人がいるらしい」という情報だけで「そういう人を探してたんだよ!」と採用してくださった未来志向のリーダーの皆さんでした。「みんな思っていることがバラバラだからイメージを共有したかった」「ビジョンをもっと具体的な絵にして腹落ちさせたかった」「メンバーの抱えているものを吐き出させたい」「社会課題を評論家としてではなく自分ごとで語って欲しい」「アイデアをもっとカスタマー視点で議論させたい」etc.

会議で絵を描くことにそんな価値があるのかとわたしのほうが教えられる日々。描いている本人は、とにかく聞き漏らしたくない、全部描きたいと汗だくだくのマラソン状態なので「ゆにさんの絵は議論や組織の本質をつかんでいるよ」「ゆにさんのしゃべりがいいんだよ」と言って頂いても、正直、実感できないことだらけ。絵巻物の数が400を超えた今でも、グラフィックダイアログ(対話)で、みなさんが絵巻物から得た気付きや想いを聞いては「え?!みんなが大事にしたいのはそんな隅っこに描いた絵だったの?!」と驚いて「無駄な発言は一つも無い」と気を引き締め、またひたすら一つ一つの発言を拾う日々です。

ただ、毎回「これだからこの仕事はやめられない」と思ってしまうのは、皆さんの変化です。「絵巻物」があると、難しい顔をして議論していた話も笑顔でできる。もどかしい想いも「絵巻物」の前なら素直に語れる。普段は論理的な人たちも「絵巻物」の前なら感情を動かし悔しさを口にする。綺麗事だけの話し合いなんて、みんなしたくなかった。みんなの本音で描けたモヤモヤネガネガした「絵巻物」ほど、それを指さして笑って集まって1つになっていく。「だからこの仲間とここに居るんだ」という想いでつながっていく。

そして自分自身の思い込みやお互いの誤解、勘違いや実行を止めている自分自身のメンタルブロックと向き合ったとき、他責・他人事から自責・自分事へと、表情も発言も変化していく姿に立ちあうたびに「これだから『ネガから描く』はやめられない」と毎回叫んでしまいます。組織やプロジェクトのモヤモヤネガネガを晴らして、本当に心からワクワクする未来へみんなで進んでいくための「絵巻物」。No rains, No rainbow!「まだ見えていない」世界へ仲間と進んでいきたくなるような未来への架け橋になる「絵巻物」を描く「グラフィックファシリテーター®」という天職を、これからも生きていきたいと思います。

グラフィックファシリテーター ® やまざきゆにこ

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